兼六園

兼六園の名前の由来を知る!【1.3倍楽しむための予備知識】

兼六園の名前の由来 アイキャッチ

こんにちは、ヤスモン(@yasumon)です。

皆さんは、兼六園の意味、兼六園の名前の由来って知ってますか? 

兼六園は、実現が難しいと言われている6つの景勝を兼ねているんです。日本人も外国人もたくさん来る兼六園ですが、これだけ人気があるには、秘密があります。

あたかも自然に作られたかのような人工的な庭園「兼六園」。今日は、1.3倍楽しむための予備知識をお伝えしますね。

ちょっと小難しいですが、これを知っていると、違う視点で兼六園を楽しめますよ。

以下に、4つの予備知識(兼六園の意味、兼六園を命名した人って誰? 扁額を書いた人は? 名前の由来のスポット)を紹介しますね!

兼六園の意味は?

兼六園は、この名前の通り、「六を兼ねる園」です。

この六というのは、6つの景勝(宏大、幽邃、人力、蒼古、水泉、眺望)の意味で、これを兼ねているから、兼六園という名前になったんです。

兼六園の名前の由来になったのは、中国の詩人が書いた書物(洛陽名園記(らくようめいえんき)です。

書物の引用はこちらです。

「洛人云、園圃之勝、不能相兼者六。務宏大者少幽邃、人力勝者少蒼古、多水泉者艱眺望。兼此六者、惟湖園而已。」

もう少しかみ砕くと、下記のようになります。

「広く大きく作ろうとすると(宏大)、奥深い静けさ(幽邃)の実現は難しい、
人手が入り過ぎると(人力)、味わいのある趣(蒼古)を出すのは難しい、
小川・滝・池を作ろうとすると(水泉)、見晴らしの良さ(眺望)の実現は難しい。
相反する六を兼ねるのは、湖園のみ。」

ちょっと難しいんですが、兼六園は、実現が難しい6つの景勝を実現しているんです。

これを江戸時代に考え、実現させていたって、スゴイ!と思いませんか?

兼六園を命名した人って誰?

兼六園という名前を命名したのは、公家の摂津家が関わっているとされているんですが、正直、はっきりとしたことは分かってないんですね。

命名された時期は分かっていて、江戸時代の1822年(文政5年)年9月です。

兼六園をよく知る誰かが、「洛陽名園記」を引っ張り出し、兼六園の名前の由来となる記述を見つけ、兼六園という名前を命名したんでしょうね!

扁額を書いた人は?

兼六園の扁額は、第8代将軍、徳川吉宗の孫、松平定信(まつだいらさだのぶ)が書いたんですよ。

扁額は、建物や神社の上にある額のことで、「兼六園」の文字が書かれた額のことですね。

※兼六園の扁額は、現在、石川県立伝統産業工芸館に貯蔵されています。

名前の由来のスポット

では、兼六園の名前の由来に関連したスポットがたくさんあるんですが、代表的なのは、幽邃・人力(蒼古)・眺望の3つのスポットですね。

幽邃

松涛坂(しょうとうざか)は、蓮池門口の目の前にある坂で、幽邃(奥深い静けさ)を表すスポットです。

人通りが多い蓮池門口から、松涛坂を上がると、静かな森林が広がり、奥深い静けさが感じられますよ。

人力と蒼古

翠滝は、人力(人の手が入る)と蒼古(味わいのある趣)を感じられるスポットです。

翠滝は、高さが約6.6メートル、幅が約1.6メートルで、人力とは思えないほど、自然と調和し味わいがありますよ!

秋の翠滝

紅葉の季節の翠滝も、とても風情がありますよ。

眺望

展望台は、眺望(見晴らしの良さ)を端的に表している場所ですね。

この展望台は、兼六園内で唯一、兼六園の外を眺めることができるスポットなんですよ。

参考文献:
・村上貢、宇佐美孝 「兼六園」(北國新聞社、2013)
・長山直治、「兼六園を読み解く」(桂書房、2006)